看護予備校・薬学予備校の臨床アカデミー|看護学校受験・准看受験|東京都・埼玉県

埼玉大学名誉教授 長塚和弥

 塾長の金沢君とは埼玉大学在学中から現在に至るまでの長くて深いつき合いである。
定年退官までの約四十年の在職中には、1千5百名を超える卒業生を教育界、学術界へ送り出したが、在学中の彼の存在感は圧倒的な印象があった。
  勉強好きの事は人一倍で、特に独力で自発的な努力を重ねてきたことは、数多くの免許や資格として結実している。
しかしながら、注目すべきは、彼は在学中は一切の免許や資格の取得を拒否して、専ら専門の学問に没頭していたことである。
ここは最近の要領のいい学生とは大きく異なるところである。
また、心理学クラスの後輩たちに得意の統計学や語学などの指導をして、敬愛されていたことも事実である。しかし、堅い一方の人物ではなく、学友たちに呼びかけてサークルを組織したり、コンパや旅行を実施するなどのリーダーシップを発揮していた。
  彼が率直に公立学校に奉職していれば、そろそろ管理職に就く頃であろう。ところが、エネルギーの有り余っている彼は敢えて茨の道を選択した。つまり、看護・保健系を志望する生徒を対象とした予備校に加えて、医歯薬獣医系を志望する浪人生を対象とした予備校まで設立してしまったのである。
彼の真摯な人柄と止むことのない学問への情熱により、【看護科ゼミ】と【医歯薬ゼミ】が堅実なものとなっていることを確信する。
※長塚先生は平成25年4月に永眠されました。

川越市薬剤師会副会長 吉田弘

 金沢さんとはもう10年以上のつきあいになります。30歳を過ぎてから、また大学に勉強に行ったり、私の感覚からは少し変わっていると言うか、いや偉いな、というところもありますが、本当に真面目で、また常に未来志向の明るい人です。
 私事で恐縮ですが、娘には小学生の頃から名門の学習塾のいくつかに、長い間通わせましたが、中学受験も高校受験も失敗して、夫婦で塾というものに対しては不審を抱いておりました。
 金沢さんところも同じだろう、いや小さい所だし、行かせても無駄だと思っていました。しかし、娘は学校(星野女子)の友人から紹介されて入塾しました。結果的に、模試ではD判定、E判定の所に4校中で3校に合格しました。受かった所は苦手だった数学が得点源だったと聞きました。
 娘にとっては大喜びなのですが、私は手放しでは喜べません。私の薬局を継いで欲しかったのですが、娘は薬も化学も大嫌いで、1校も受けてくれませんでした。しかし大学を出る頃になれば、わかってくれると思います。その時は、迷わす医歯薬ゼミを断固として薦めます。

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